奇妙な縁が結んだ梅宮辰夫とロバート秋山の幸福な関係

コラム【今週グサッときた名言珍言】

「後輩は先輩を利用するもんだよ、遠慮なくやってくれ」(梅宮辰夫/NHK「ファミリーヒストリー」10月29日放送)

 梅宮辰夫の顔写真パネルを使った「体モノマネ」は、ロバート・秋山竜次の代名詞のひとつ。このネタを披露する前、秋山側から梅宮辰夫に顔写真を使っていいかとの問い合わせがあったという。それに対する梅宮の答えが、今週の言葉だ。

 梅宮と秋山の間に奇妙な縁があった、と番組は伝えた。梅宮は1958年、東映の第5期ニューフェイスとしてデビュー。梅宮の代表作のひとつといえば、68年から始まった映画「不良番長」シリーズだ。

 周りは血気盛んな後輩たちばかり。夜通し飲んで、撮影に遅刻するのは日常茶飯事だった。そこで梅宮は「撮影所の門のところに、バットを持って立っていましたよ。亡くなった安岡力也のケツとか、何度も叩いた」(KADOKAWA「ザテレビジョン」16年5月10日号)という。まさに“不良番長”だ。

 その人気シリーズで、梅宮と“共演”していたのが、実は秋山の父なのだ。彼は大部屋俳優として、梅宮と同じシーンに出演していた。父にとって梅宮は神のような存在だった。

 それから約40年後。秋山が楽屋で着替えている際、先輩芸人「ニブンノゴ!」の宮地謙典から、「その体に、梅宮さんの顔写真パネル、合うんじゃない?」と言われた。それが「体モノマネ」誕生の瞬間だった。

 当時、ロバートは「キングオブコント2011」(TBS)で優勝したものの、自己紹介的なネタを要求されるバラエティー番組では、自分たちのネタがそぐわない。コントの場合、どんなに短くしても、それなりに時間がかかってしまうからだ。一発ギャグも考えたが、うまくいかなかった。

 だから、そこが「芸人として自分の一番弱いところだと思っていた」(ニュースサイト「THE PAGE」14年5月25日)という。それを一気に解消したのが「体モノマネ」だった。

「最初にそこからイジってもらえますんで、それがすごく助かるんです。瞬時に笑いにつながりますし」(同前)

 秋山は「恩返しなんておこがましい」と前置きをしつつ、言葉がいらないこのネタの特性を生かし、「いつの日か、僕が自分の体を使ってジャパニーズスター・梅宮辰夫の顔を世界に発信」(同前)したいという。

 一方で、梅宮は冒頭の番組で、自分は半ば芸能界を引退している身だと語り、秋山の父に対してこう続けた。

「それでも、かすかに残影が残ってる。あいつのおかげで。今、あんたの息子にお世話になってるよ」

 先輩を後輩が“利用”し、それが結果的に先輩への恩返しになる。梅宮の懐の深さが先輩・後輩の幸福なサイクルを生んだのだ。

(てれびのスキマ 戸部田誠/ライタ―)