存続の危機を乗り越え今年も開催 今見るべきアジア映画が集まる映画祭

オープニング作品は、本年度ロカルノ映画祭で最優秀男優賞を受賞したホン・サンス監督の「川沿いのホテル」


 2000年にスタートし、世界で注目される独創性の強いアジア映画を上映する映画祭「東京フィルメックス」が、今年も無事に17日から25日まで、東京の有楽町朝日ホールを中心に開催される。今春、メディアを騒がせていた北野武監督の独立・新会社設立問題も絡み、最大スポンサーだった芸能事務所で映画製作・配給会社の「オフィス北野」が撤退し、一時は映画祭の存続を危ぶむ声も上がっていた。映画祭ディレクターの市山尚三さんに、騒動の経緯や今年の見どころなどを聞いた。【西田佐保子】


木下グループが映画祭をサポート


 今年で19回目を迎える東京フィルメックス。10年からは、アジアの映画監督やプロデューサーを対象とする人材育成プロジェクト「タレンツ・トーキョー」をスタートするなど、優れたアジア映画を日本に紹介する場として、また新たな才能を育成する場としても大きな役割を担ってきた。


 そんな映画祭の開催に暗雲が垂れこめた。3月1日に開かれた東京フィルメックスの緊急理事会で、オフィス北野の森昌行社長が、映画祭のスポンサーを降りること、自身は映画祭の理事長を退任することを発表した。その場で、ディレクターの林加奈子さんも降板を表明した。


 東京フィルメックスは、NPO法人「東京フィルメックス実行委員会」が、主に行政からの助成と民間企業による協賛を受け、オフィス北野に籍を置いていた市山さんを含む6人の専従スタッフで運営してきた。森社長は、「どのような形になってもフィルメックスを継続してほしい」との思いを市山さんに託した。

映画祭ディレクターの市山尚三さん(写真左)と、奥山大史監督


 「前年と同額の助成金が出れば、スポンサーがなくても規模を小さくして開催できる見込みがありました」。映画祭のスタッフとして、市山さんと、第1回映画祭から関わった2人が残った。昨年の審査員を務めた鈍牛倶楽部(くらぶ)の国実瑞恵社長が心配し、映画製作・配給会社のキノフィルムズを傘下に収める木下グループの木下直哉社長に「協賛をお願いしたらどうか」と提案。「すでに東京国際映画祭のスポンサーなので難しいのではないか」という市山さんの思いをよそに、4月に面会すると「やりますよ」と協賛を即決した。


 オフィス北野に所属するたけし軍団のメンバーが、それぞれのブログで「オフィス北野の映画関連事業として、東京フィルメックス実行委員会に年間4000万円の人件費を投入し、赤字経営を続けてきた」と批判した。市山さんは「他の人の給与は分からないけれど、その額は本当かもしれません」と前置きした上で、「ただNPO法人なので、利益追求を目的としていません」と続けた。

柳楽優弥さんと小林薫さんが共演した「夜明け」は、“是枝組”出身、広瀬奈々子さんの初監督作品


 市山さんは映画のプロデュース業も担っていたが、他のスタッフはオフィス北野の社員だったにもかかわらず、映画祭業務にのみ携わっていた。「一企業が行う協賛としては負担が大きかったのは事実です。芸人の方の『マネジャーが足りていないのに……』という気持ちも理解できます。ただ、勝手な言い分かもしれませんが、映画祭のサポートにより、会社のイメージアップは担えたとは思います」


ワールドプレミアにこだわらない理由

台湾のビー・ガン監督による3D作品「ロングデイズ・ジャーニー、イントゥ・ナイト(仮題)」は、約1時間にわたるワインテークの長回しが見どころの一つ


 しかし、今年の強力なラインアップからは、そうした危機があったことは一切うかがえない。特にメインとなるコンペティション部門に選ばれた10作品は、例年以上の充実ぶりだ。「たまたま今年はアジア映画にとって当たり年だと言えるのかもしれません。作品に恵まれ、昨年までだったら入選していてもおかしくない作品も残念ながらお断りしました」


 ジャンル的には、フィルムノワール的な作品が多いが、偶然だという。「夜のシーンが多かったり、ストーリーが曖昧で分かりにくかったりするのが、フィルムノワールの形式的な特徴だと思いますが、先の見えない不安な感じが、今のアジア各国の状況に合っているのかもしれませんね」


 カンヌ国際映画祭女優賞を受賞したカザフスタン・ロシアの合作映画「アイカ(原題)」(セルゲイ・ドヴォルツェヴォイ監督)をはじめ、ベネチア国際映画祭オリゾンティ部門の最優秀作品賞を受賞したタイ映画「マンタレイ」(プッティポン・アルンペン監督)、ロカルノ国際映画祭の最高賞にあたる金豹賞を受賞したシンガポール映画「幻土(げんど)」(ヨー・シュウホァ監督)、トロント国際映画祭のプラットホーム部門で最優秀作品賞を受賞した台湾映画「幸福城市」(ホー・ウィディン監督)など、海外の映画祭で話題になり、さまざまな賞を獲得した映画がそろう。

ベルリン映画祭フォーラム部門で国際批評家連盟賞を受賞した約4時間弱の中国映画「象は静かに座っている」のフー・ボー監督は、本作を撮り終えた後に自ら命を絶った


 「『アイカ(原題)』以外は、それぞれの映画祭開催前に見て、コンペ部門への招待を決めていました。次々賞を取るのは、こちらの目が間違っていないということにもなりますね」。結果的に、アジアの新鋭監督による重要な作品が集まった。世界で初めて上映する「ワールドプレミア」作品の数が、映画祭としての格を決めると言われることもあるが、国際映画製作者連盟に所属しているわけでもないので、「全くこだわっていない」と断言。「コンペ応募作の中に山ほどあるワールドプレミア作品から選ぶこともできる。でも、明らかにレベルは落ちます。誰でもレベルの高い映画を見たいですよね」。ベネチア映画祭の受賞作だとしても、必ずしも日本で公開されるとは限らない。「だからこそ、受賞歴にこだわらずに上映します」


会場で新しい才能を発見してほしい

デジタル修正版で上映される中国のティエン・チュアンチュアン監督の傑作「盗馬賊」


 特別招待作品部門の上映作品は16本。韓国のホン・サンス監督、中国のジャ・ジャンクー監督、香港のスタンリー・クワン監督、台湾のツァイ・ミンリャン監督など、東京フィルメックスでも常連のアジアの巨匠による新作が並ぶ。


 また、イスラエルによるガザ封鎖の過激化を受けて発表したイスラエルのアモス・ギタイ監督が手掛けたドキュメンタリー「ガザの友人への手紙」、クメール・ルージュの支配がいかに無軌道であったかが語られるカンボジアのリティ・パン監督の「名前のない墓」、マニラの暗黒街で展開される麻薬戦争を真正面から描いたフィリピンのブリランテ・メンドーサ監督による「アルファ、殺しの権利」など、ポリティカルな作品も多い。「優れた才能の映画監督を紹介したかったのと、このようなテーマの映画は日本で劇場公開に結びつくことが少ないので、映画祭が起爆剤になって公開されてほしいとの思いもあります」

市山さんがプロデューサーを務めるジャ・ジャンクー監督の「アッシュ・イズ・ピュアレスト・ホワイト(原題)」がクロージング作品(C)2018 Xstream Pictures (Beijing)-MK Productions – ARTE France Cinema


 新作の日本映画6本も特別招待作品部門に含まれる。海外から訪れる映画関係者からは、ヨーロッパの映画祭などでは紹介されない日本映画の上映を求める声も大きく、「海外へプロモーションするステップになれば」との思いで、上映本数を増やした。豊田利晃監督、篠崎誠監督、斎藤久志監督、中江裕司監督ら40~50代のベテラン監督、さらに写真家の奥山由之さんを兄に持つ、22歳の奥山大史監督が大学在学中に撮り、サンセバスチャン映画祭の最優秀新人監督賞を史上最年少で獲得した「僕はイエス様が嫌い」、監督として、またプロデューサーとしての才能も光る、近浦啓監督の長編デビュー作品「コンプリシティ」も上映される。


 他にも、パリのポンピドゥー・センターで今年大規模な特集が組まれた、イランの巨匠、アミール・ナデリ監督の作品を特集する。また、親子で楽しめるアニメや、聴覚障害者向け日本語字幕付きの日本映画などもプログラムされている。

冨永昌敬監督の「素敵なダイナマイトスキャンダル」は聴覚障害者向け日本語字幕付きで上映される(C)2018 素敵なダイナマイトスキャンダル製作委員会am Pictures (Beijing)-MK Productions – ARTE France Cinema


 上映される海外映画の多くは日本公開が決まっていない。ここで逃したら二度と出合えない映画も少なくないだろう。「どの作品も面白いと思いながら選んでいるので、有名な監督はもちろん、知らない監督の作品もぜひ見て、新しい才能を発見してもらえれば」と市山さんは力強く語った。


上映情報


【東京フィルメックス】


公式ウェブサイト:https://filmex.jp/2018/