20、21日東京D5度目の開幕S 過去4度の熱戦プレーバック MLB Fever!

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 20、21日の両日、東京Dでアスレチックス・マリナーズのメジャー開幕シリーズが行われる。日本で開催されるのは2000年のメッツ・カブス戦から通算5度目。過去4度は、いずれもメジャーファンが大集合、超満員の中で繰り広げられた熱戦を振り返ってみよう。(構成・蛭間 豊章)

 メジャー初の日本開幕戦、カブスにソーサ、メッツにピアザという大砲がそろって、2試合とも東京Dは、超満員のファンで埋まった。皇太子ご夫妻が観戦、当時メジャーの通算最多本塁打記録保持者のH・アーロン氏が記念すべき始球式を行った第1戦はカブスが5回に押し出し四球で勝ち越すと、7回にアンドルーズが大会第1号となる2ランで試合を決めた。メッツは8回に日本でも人気のピアザが2ランを右翼席に叩き込んで孤軍奮闘した。

 スポーツ報知ではこの試合を、表が英語版で裏が日本語版の号外で8万部発行。ヒーローとなったアンドルーズは「30部ほどくれ。お土産にするんだ」と抱えて持ち帰った。また、この号外はその後、米野球殿堂で展示された。

 第2戦は1―1の投手戦で延長戦に突入。10回2死二塁でソーサを敬遠してピンチをしのいだメッツは、11回2死満塁からハワイ出身の代打アグバヤニがバックスクリーンに、決勝グランドスラムを叩き込んで雪辱を果たした。7回には今回、始球式で来日するR・ヘンダーソンが通算1335盗塁目を決めた。なお、アグバヤニは04年から6年間、ロッテでプレーすることになる。

 ヤンキース対デビルレイズというア・リーグ東地区同士の対戦だったが、前年に巨人からFAでヤンキース入りした松井秀喜外野手の凱旋試合の様相となった。また、スター軍団のヤ軍ということもあって当時、最高2万5000円の席からチケットが売り切れるなど異常人気で東京Dが熱気に包まれた。

 巨人とのオープン戦で高橋尚から3ランを放った松井は、開幕戦で2番に座り初打席で右中間二塁打を放ったが、この1安打だけ。チームも先発のムシーナが6回、クルーズに同点ソロを浴びた後3連続二塁打されるなど失点を重ね3―8で敗れた。

 しかし、翌日の第2戦はヤ軍打線が4本塁打を放って大爆発した。試合を決めたのはやはり松井。3回に同点タイムリー、2点リードの5回1死一塁で右中間席に推定飛距離130メートルの大アーチを叩き込んだ。松井は「歓声がすごすぎてあんまり覚えていないけど、あのベース一周は最高に幸せだった」と感激の面持ちだった。実際、打った瞬間の東京Dでは、地鳴りのような歓声がゴジラの一発を祝福。また、ニューヨークの地元紙も東京発で、この凱旋アーチを大きく報じていた。

 前年に3年ぶりのワールドチャンピオンとなったRソックスとアスレチックスというア・リーグ創立メンバー同士の対決。メジャー1年目に15勝を挙げた松坂大輔が、日本人投手では野茂英雄(3度)に次いで2人目の開幕投手となった。

 「立ち上がりに慎重になりすぎ」(松坂)、初回にエリスの本塁打などで2点を失ったが、2回以降0行進で、6回表に3点を挙げ逆転したところで降板。しかし、2番手スナイダーが再逆転を許し白星がフイになった。それでも9回に追い付くと、その裏は1年目から中継ぎエースとなった岡島秀樹が登板し無失点。10回、主砲ラミレスが決勝2点二塁打を放って、岡島に08年メジャー白星一番乗りが転がりこんだ。「気持ちの高ぶりはありました。本当にうれしい。ダイスケ君は厳しい投球だったけど、しっかり立て直して先発として最低限のイニングを投げてくれた」と後輩の好投に感謝した。

 第2戦は、若き日のレスター(現カブス)が先発も、3回までに4失点とつかまって、アスレチックスが快勝。古豪対決は1勝1敗に終わった。

 2003年に中止となったカードが9年ぶりに復活した。この年、マリナーズには岩隈久志、川崎宗則が入団したが、もちろん注目はメジャー12年目を迎えたイチローだった。プレシーズンゲームの阪神戦の試合前に、2006年のWBCとは違った東京Dの雰囲気に「ボクの国なんだ」とポツリ。

 そして迎えた開幕戦。メジャーでは自身初となる開幕戦4安打。特に“イチローコール”が鳴りやまなかった延長11回には、試合を決定づける4安打目となる適時打を中前にはじき返した。「格好がついたのかな(という感じ)。格好つけるというプレッシャーがあった」と振り返った。そして、「ボクにとっても二度と訪れない2試合。足を運んだファンと共に共有したい」。

 第2戦は、イチローより5か月年長のコローンの巧投などで4打数ノーヒット。キューバからアスレチックス入りした新人セスペデスの逆転2ランで敗れ1勝1敗となった。なお、岩隈、川崎はプレシーズンゲームこそ出場したが、レギュラーシーズンゲームには出場しなかった。

 日本開幕戦。実は2003年にもマリナーズ・アスレチックス戦が予定されていた。ところが、イラク情勢緊迫でブッシュ大統領が開催1週間前に中止を決定。「日本で自分のパフォーマンスを見せる」と楽しみにしていたイチローは、中止が決まると「自分たちの身の危険や国民の命に関わることですから」と言葉少なだった。この代替試合として翌年、ヤンキース・デビルレイズ戦が行われた。